静岡地方裁判所 平成元年(ワ)384号 判決 1990年4月26日
原告(反訴被告、以下「原告」という。)
関いづみ
右訴訟代理人弁護士
渡邊高秀
被告(反訴原告、以下「被告」という。)
鈴木秀明
右訴訟代理人弁護士
浅野正久
主文
一、昭和六三年一二月九日、別紙物件目録(二)記載の建物が焼失した火災に基づく、原告の被告に対する損害賠償債務は、金一一〇万円とこれに対する昭和六三年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。
二、原告は、被告に対して、金一一〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告の本訴及び被告の反訴のその余の請求をいずれも棄却する。
四、訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。
五、この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、請求の趣旨
(本訴について)
1. 昭和六三年一二日九日、別紙物件目録(二)記載の建物が焼失した火災事故に基づく、原告の被告に対する金三〇〇万円の損害賠償債務の存在しないことを確認する。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
(反訴について)
1. 原告は、被告に対し、金六六〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
3. 仮執行の宣言
第二、当事者の主張
(本訴について)
一、請求原因
1. 原告は、昭和五九年以来、被告から、被告所有の別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃借していたところ、昭和六三年一二月九日、原告の次女(当時一三歳)が炊事中、フライパンの油に火が入り、その火が本件建物に燃え移り、本件建物を全焼させた。
そのため、原告は、右次女の失火について民法七一四条一項により、あるいは履行補助者である右次女の失火によって、被告に生じた損害を賠償すべき責任を負うことになった。
2. 被告は、平成元年二月一三日、原告に対し、本件建物焼失による損害賠償金として金三〇〇万円を請求した。しかし、被告は、日動火災保険株式会社との間で締結していた火災保険契約に基づき、本件建物焼失による損害について金一三五〇万円の火災保険金の支払を受け、本件建物の焼失による損害について填補を受けている。
3. また、被告は、原告に対し、本件建物の焼失によって、同建物敷地である別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)に対する使用借権を喪失したとし、これによって金六〇〇万円の損害を被ったとしてその賠償を求めている。
4. しかしながら、被告の実父である訴外鈴木正司(以下「正司」という。)が、被告に対し本件建物を贈与した目的は、本件建物の家賃収入を小遣いがわりに被告に与えることであり、その際、本件土地の使用について当事者間では何等の話し合いも合意もなかったのであるから、本件土地について使用貸借契約が成立したということはできない。
また、仮に、被告の本件土地使用借権が存在していたとしても、被告による本件土地使用は、本件建物の敷地としての利用目的に限定されていたのであり、本件建物の所有・利用によって得られる利益の外に本件土地使用によって得られる利益というものは存在しないのであるから、本件土地使用借権が消滅したことによって被告が被った不利益というのは、本件建物の所有・利用ができなくなったことに尽きるのであって、その外に本件土地使用借権の消滅による損害というものは存在しないのである。
更に、仮に、被告が主張するように、本件建物の所有・利用ができなくなったことの外に本件土地使用借権の消滅による損害が認められるとすれば、被告は、本件建物の焼失がなかった場合以上の利益を得るという不合理が生じる結果となる。即ち、本件建物の焼失当時の月額家賃は、金二万五〇〇〇円であったから、被告の主張どおり今後二四年間本件建物が利用可能と仮定した場合の全家賃収入の現在価額は、金二万五〇〇〇円×一二×一三・七九八六(ライプニッツ係数)=金四一三万九五八〇円となるところ、被告は、本件建物焼失による火災保険金として金一〇〇〇万円以上を既に受領しているからである。
このような不合理は、損害賠償制度の趣旨を逸脱したものといわざるを得ず、被告の主張は権利の濫用に該当し許されない。
5. よって、原告は、被告に対し、昭和六三年一二月九日、本件建物が焼失した火災事故に基づく、原告の被告に対する金三〇〇万円の損害賠償債務の存在しないことの確認を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実は認める。
3. 同3の事実は認める。
4. 同4の事実は否認し、その主張は争う。
5. 同5の主張は争う。
(反訴について)
一、請求原因
1. 原告は、次女の失火によって本件建物を全焼させたことにより被告に生じた損害を賠償すべき責任があることはその自認するところである。
2. 被告の実父正司は、昭和五七年八月、被告に対しその所有の本件建物を贈与すると同時に、本件土地を本件建物が朽廃するまで同建物を保存し所有する目的で無償で貸与し、被告は本件土地建物の引渡を受けていたが、本件建物の焼失により被告の本件土地に対する使用借権は民法五九七条二項本文により消滅し、被告は同使用借権相当の損害を被った。
3. 本件建物は、昭和二七年一二月建築の木造瓦葺二階建居宅であるが、適当な修繕を施すことによってなお二四年間存続したはずであるし、本件土地の価格は金二〇〇〇万円と評価するのが相当であるから、本件土地の使用借権の価格は金六〇〇万円を下らない。
また、被告は、その訴訟代理人弁護士に対し、本件反訴提起の弁護士報酬として金六〇万円を支払う旨約した。
4. よって、被告は、原告に対し、右損害合計金六六〇万円及びこれに対する損害発生の日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実のうち、正司が被告に対しその所有の本件建物を贈与したことは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。
3. 同3の事実のうち、本件建物が昭和二七年建築の木造瓦葺二階建居宅であることは認めるが、その余の事実は不知ないし争う。
4. 同4の主張は争う。
第三、証拠<略>
理由
一、原告は、昭和五九年以来、被告から、被告所有の本件建物を賃借していたところ、昭和六三年一二月九日、原告の次女が炊事中、フライパンの油に火が入り、その火が本件建物に燃え移り、本件建物を全焼させたこと、そのため、原告は、右失火について民法七一四条一項により、あるいは履行補助者である右次女の失火によって、被告に生じた損害を賠償すべき責任を負うことになったことは当事者間に争いがない。
二、そこで、被告は、本件建物の焼失によって、その敷地である本件土地に対する使用借権を喪失したか否かについて判断する。
1. 本件建物が昭和二七年建築の木造瓦葺二階建居宅であったが、その所有者である正司が被告に対し贈与したものであることは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第一〇号証、被告本人尋問の結果によれば、正司は、昭和五九年五月頃、被告に対し、その所有である本件土地上の本件建物を貸家として賃料を収得してこれを小遣代りにし、また相続税対策のため贈与し、かつ、本件土地を無償で使用することを許し、本件土地建物を引渡したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
2. 右事実によれば、被告は、正司から本件建物の贈与を受けた際、本件建物が朽廃、滅失するまで保存、所有し、これを賃貸する目的のため本件土地を無償で借受けたものと認めるのが相当であり、かつ、本件建物の焼失によって本件土地についての使用借権を喪失することになったと解するのが相当である。
三、進んで、被告の本件土地に対する使用借権喪失による損害額について判断する。
1. 本件建物が昭和二七年建築の木造瓦葺二階建居宅であったことは前示のとおりであるところ、成立に争いない甲第一、二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一、二号証、原・被告各本人尋問の結果によれば、本件建物の床面積は一階九八・〇六平方メートル、二階二四・八四平方メートルの広さがあり、昭和五二年以来原告の夫に対し賃貸してきたものであるが、かなり老朽化しているためか賃料は焼失するまで月額金二万五〇〇〇円で据え置かれてきたこと、本件建物は適当な修繕を施すことによってなお数年は使用に供することができるが、正司としては、取りあえず本件建物を贈与するが、いずれ本件土地を分筆して被告に贈与する予定にしていたから、いずれ被告の使用借権は混同により消滅する運命にあったこと、本件土地の更地としての時価は金二〇〇〇万円を下らないものであるが、正司と被告間の使用借権は親子間の特殊恩恵的、情宜的に設定されたものであり、これを他に譲渡・転貸するということは予想されていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2. 右認定の事実によれば、被告の本件土地の使用借権の喪失による損害は、極めて僅少であるといってよく、本件更地価格の二〇分の一に相当する金一〇〇万円程度をもって相当と判断する。
また、本件事案の内容、審理の経過、認容額等諸般の事情に鑑みれば、被告が原告に対して損害として請求し得べき弁護士費用は金一〇万円をもって相当とする。
なお、原告は、被告が保険会社から多額の火災保険金を受領しながら、使用借権喪失による損害を請求するのは権利の濫用である旨主張するが、前記認定の事実関係のもとにおいては、右金一一〇万円の損害賠償請求が権利の濫用に当たるとすることはできない。
四、以上認定判断したところによれば、原告の本訴請求は、主文第一項の限度において理由があり、被告の反訴請求は主文第二項の限度において理由があるからこれを認容するが、その余の本訴及び反訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
<別紙>
物件目録
(一) 所在 清水市<編集注・略>
地番 壱〇参番の壱五
地目 宅地
地積 弐壱五・〇七平方メートル
右土地の内約四〇坪
(二) 所在 清水市<編集注・略>
家屋番号 壱〇参番壱五の壱
種類 居宅
構造 木造瓦葺二階建
床面積
一階 九八・〇六平方メートル
二階 二四・八四平方メートル